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知られざるマタドールの世界・中編


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雄牛の攻撃をかわすペペ・イーリョ  画・ゴヤ



闘牛の技

 闘牛には雄牛を惑わし操り、観客を魅了し驚愕させる幾つもの多彩な技が存在する。

 第一場面でのカポーテ(マント)を使った技(スエルテ・デ・カポーテ)で最も基本的な技はベロニカと呼ばれている。両手に持ったカポーテを牛の眼前に突き出しその顔面を拭う様にくぐらせるベロニカは聖書の中での故事に由来する。ベロニカという婦人がキリストの顔をハンカチで拭うとハンカチにキリストの顔が浮かび上がったという逸話である。

 第三場面でのムレタ技もまた多種多様を極める。マタドールは剣も持つため、ムレタ(マント)は片手で扱いやすい様に枠木が添えてある。右手に剣を持ち、左手のムレタで牡牛の右側からの攻撃を受け流すのがパセ・ナトゥラル、どちらも右手に持って受け流すのがパセ・デレチャソと言った具合だ。
その他にも膝立ちの状態でムレタを扱う技や、膝立ちのまま素早く半回転ジャンプを続け牛を左右に翻弄する技等がある。

様々なパセ




闘牛の科学

 闘牛は非常に危険な世界である。400kgを超す巨躯に体当たりされただけで人間の華奢な身体はいとも容易く押しつぶされ、鎧を身に付けない闘牛士は雄牛の鋭い角で小突かれるだけで致命傷になる。実際、これまでも決して少なくない数の闘牛士達が決闘の舞台で志半ばに倒れていった。
 しかし闘牛士達は煌びやかな衣装に身を包んでも決して鎧に身を包むことは無い。それで居て盾も持たず、薄い布きれ一枚と細身の剣一本で雄牛に悠然と立ち向かう。
実際彼らは雄牛と身をピッタリと寄せる様にしてムレタを操る事も有れば、あろう事か雄牛に背中を向け余裕綽々、満面の笑みを観客に向ける事さえやってのける。

 しかし何も闘牛士達は満月の狂気に駆られてや、己の蛮勇をひけらかす為にこれらの離れ業をやってのけるのではない。闘牛士の余裕には科学的な根拠があるのだ。それは雄牛に対する長年の観察がもたらした人間の叡智である。

 第一に牛と言うのは非常に視力が弱い。ウシの視力は人間の25分の1とも言われ、物をハッキリと見分ける事が出来ない。一方で動く物に対しては非常に敏感に反応する為、ムレタを素早く動かすことでそちらに注意を向ける事が容易いが、ムレタを操る人間に対してまでは注意が及ばないのである。
また、牛の目は顔の左右についており前方に必ず死角が生ずる。手慣れた闘牛士であれば雄牛の死角に上手く陣取り、攻撃を躱し易くするであろう。
 そして色の識別能力が非常に限られており赤とピンクの違いなども区別できない。その為マントが深紅であるからと言って過度に興奮させる事は無いし、煌びやかな衣装が雄牛にとってよっぽど目立つという事は無い(人間に対して目立つようにマントを深紅に染め、光の服をまとっているのである)。

 第二に、元々牛は群れで生活する臆病な草食動物であり、アレーナ(闘技場)の様な血なま臭い場とは本来程遠い存在である。
雄牛から積極的に攻撃をする事は稀であり、激しく動くムレタに反応して防衛行動を採るのみである。
 臆病な牛と戦う闘牛程興ざめな物は無い。その為、興行師や牧場主は様々な工夫を凝らし戦闘的な雄牛を育て演出してきた。
牧場主は交配や放牧によってより勇猛な雄牛を作ろうと苦心する。決闘の日が近づくと雄牛は群れから離され、牧場からの長い旅路を狭い檻の中で過ごし、闘牛場に着いても幽閉暮らし、試合が始まれば槍で突かれ銛を打ち込まれ、ストレス過多で興奮した雄牛はマタドールと観客の為に最高の舞台を作り上げる。(一方で闘牛士の中には事故や成績不振を恐れる余り、八百長に走る輩も居る。雄牛の角を削る者や薬物を投与する者が現れ、闘牛人気の後退に一役買った。)




マタドールの人生

 もし何かのきっかけで貴方がマタドールに成りたいと思ったら?
突飛ではあるが決して不可能ごとでは無い。実際、闘牛文化の無い日本からもスペインに渡り闘牛士になった人達が居る。
まずはマネージャーを見つける事から始めなければならない。この時点では若さと熱意が売りになるだろう。(闘牛士を目指す者の多くは10代始めから修行を始める。非闘牛諸国はその点スタートラインからして遅れを取らざるを得ない。)
運良くマネージャーを見つけられたら長い修業時代が待っている。若い牛を相手にした小さな草闘牛試合で経験を積み、芽が出るのを待つ事になる。順調に進めば免許を獲得し見習い闘牛士になり、才能と野心があれば正闘牛士(マタドール、正式名称マタドール・デ・トロス)になる事が出来る。

 成功したマタドールは一座の長としてピカドール、バンデリリェロらのお付きの者を雇い、国中(時には国外の闘牛場へも赴く。スペイン式闘牛はイベリア半島、南米諸国、南仏で行われている。)の闘牛場を回り興行を行う。人気の闘牛士はその日の興行が終わればすぐさま次の会場へと向かう。者によっては闘牛をしているより移動している時間の方が長く、ストレスや疲労が蓄積していく。
 マタドールは試合前になると雄牛の下見をしてきた腹心(主にバンデリリェロ)の報告に耳を傾けながら、助手である剣係(モソ・デ・エスパーダ)の力を借りて煌びやかな光の衣装(トラヘ・デ・ルセス)を身にまとう。常に死と隣り合わせの闘牛士は試合前の祈りを欠かさない。また、手術の可能性を考慮し胃に未消化物を残さない為に、試合前は軽食で済ませるのも昔ながらの流儀である。

 マタドールとして成功できる者はほんの一握りに過ぎない。たとえ才能があったとしても一回の事故で全てが台無しになってしまう事もある。闘牛場には不測の事態に備えて手術室が併設されているが、死亡事故や後遺症の残るケースは後を絶たない。
それでもなおマタドールが多くの若者の夢であり続けるのは、恒常的に失業率の高いスペインにあって闘牛士はサッカー選手や俳優と同じ一発逆転の可能性であるからかもしれない。

 マタドールは現代に生きる剣闘士であり、エンターテイナーである。名誉と血をその一身に浴び、彼の芸術は完成へと至る。

前編
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テーマ : Tree of Savior
ジャンル : オンラインゲーム

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