知られざるマタドールの世界・後編

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闘牛士の死  画・ピカソ


闘牛の起源

 人類は牛と共に生きてきた。牛は良質なタンパク源であるだけでなく、固い地面を掘り起こす犂や荷役に仕え、革は衣服に、角は装飾品に、糞は肥料や燃料になる。血の一滴まで余す処無く利用できる牛は豊かな文明を育んできた。
牛は程なくアーリア系文明を始めとした多くの地域で信仰の対象として崇められるようになる。後期の古代ローマで発展したミトラ教では牛を神への供物として捧げる儀式があり、闘牛の起源をそこに求める説が19世紀以来唱えられるようになった。また、コロシアム(人間対動物も行われた)にその源流を求める説も支持された。
しかしスペインの文献に実際に闘牛が登場するのは11世紀以降の事であり、5世紀以前の古代世界からの数世紀もの断絶は説明する事が出来ない。

 7世紀以降イベリア半島は一部の地域を除き新興のイスラム教徒の版図へと組み込まれていた。しかし、11世紀頃から活発になったキリスト教徒による再征服運動(レコンキスタ)は数々の勲しとスペインに大量の貴族を生み出した。キリスト教徒の最前線であったスペインは武辺を尊ぶ気風に染まり、その訓練の一環として闘牛が始まったとされる。
 こうした初期の闘牛は武装した騎士が槍を用いて雄牛を倒すという派手な物であった。騎兵が戦場の主役であった時代にあって、その訓練を効率的に行える闘牛は、同時に王侯貴族たちの婚礼やキリスト教の祝祭日を彩るイベントとしても機能した。




闘牛の進化

 初期の闘牛は馬に跨った騎士が雄牛を突くという派手なものであったが、次第により繊細で巧みな徒歩闘牛も行われるようになっていった。
というのも15世紀末、南部グラナダの陥落によりイスラム教徒は遂に一人残らずイベリア半島から地中海へと叩き落とされ、戦いに明け暮れた貴族たちは武器を捨て、洗練されたフランスやイタリアの文化に染まり始め、次第に蛮習とも言える闘牛から離れていったのだ。代わりに馬すら持てぬ貴族の配下の者達が闘牛の主役を張る様になっていった。
しかし、この時代の徒歩闘牛と言えば、火や犬をけしかけ、物を投げつけ、牛を寄ってたかって殴りつけるルール無用の代物であった。
 18世紀になると現在の闘牛の形が段々と整えられるようになっていった。闘牛士はエンターテイナーとして職業化され、片手を自由に動かせるムレタ(木枠付きのマント)が発明され、より巧みな技が生み出されるようになった。
観客は依然観客席に大人しく留まる存在では無かったが統制された興行としての体裁は整った。

 20世紀に入り、動物愛護や国際化の波に揉まれ残酷な手法は闘牛から次第に姿を消していった。犬や火をけしかけ雄牛を興奮させる手法は禁止され、馬には防具を着ける様になった(前掲のピカソの絵で馬は防具をしていない。彼の時代にはまだ馬は無防備な腹を雄牛の前に晒していた。闘牛試合が終わると馬の腸と雄牛の屍でアレーナは血に染まった)。
 保守的なフランコのファシズム政権が崩壊すると、闘牛界に新しい風が吹き込んでくる。閉鎖的だったスペイン闘牛に外国人の闘牛士が現れ、男性社会(マチスモ)であった時代には考えられない女性闘牛士すらも現れた。
客層にも変化が見られた。酒臭い男たちだらけの空間だったアレーナに、ハンサムな闘牛士を一目見ようとやって来た若い女性たちも加わった。


闘牛に吹く向かい風

 動物愛護の観念が広く持たれるようになった現代において闘牛の風当たりは厳しい。
古くから闘牛は様々な批判を受けてきた。歴代の教皇は闘牛を古代ローマのコロシアムに重ね、その騒乱と無秩序を嫌い度々中止する様に勧告を行ってきた。しかし、矛盾する事に闘牛を産出する牧場を経営するのは古くは大方現地の教会であった。
 スペイン内部でも度々闘牛の是非は論争の的となった。19世紀、植民地を独立と戦争で悉く失い、国内の工業化に失敗し、ヨーロッパの後進国となったスペインでは、先進的な英仏を模範とするべく野蛮な旧習である闘牛を禁止すべきだと言う論調が知識人の間に広がった。

 現代に入ると動物愛護の観点から闘牛は批判を受ける事になる。しかし、真っ先に同情を向けられたのは牛では無く馬であった。牛は無知で鈍感であると言った風説が払拭されるのは馬が手厚い保護を受ける様になってからもまだ長い時間を必要とした。

 近年、大規模な反闘牛運動が行われているにも関わらず依然として闘牛は行われている。21世紀に入り闘牛のテレビ中継は中止され、一級闘牛場のあったカタルーニャ州は闘牛を全面的に禁止した(独立への布石とも言われている)。しかし、スペインが慢性的に抱える失業問題や、観光立国であるスペインの観光資源としての闘牛の価値に目を向けた時、闘牛を今すぐに禁止する事は出来ないようだ。


闘牛の将来

 闘牛の将来は決して明るくない。すぐに全面禁止という可能性は低いが、現実に徐々にではあるが業界は縮小している。このまま行けばスペインの一部でしか見られない地方の小さなイベントとして残るのみになるだろう。
一方で、闘牛というタブーにどっぷり浸かれる世界をコンピュータ技術が提供してくれた。闘牛をモチーフにしたゲームはToSを始めとしてこれからも生まれるだろう。また、小説や映画の世界の中でも恐らく闘牛は行われるだろう。

 つまり人々が闘牛を愛してやまない限り、闘牛は実際に行われなくなったとしても、物語の中で生き続ける。
そこでは依然、マタドールが赤いムレタを舞わせ雄牛を難なくいなすあのアレーナの興奮と熱気が燻り続けるのだ。


参考
「闘牛はなぜ殺されるか」 佐伯泰英著
https://en.wikipedia.org/wiki/Spanish-style_bullfighting
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テーマ : Tree of Savior
ジャンル : オンラインゲーム

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